村上藩主堀直寄が堀主膳に宛てた書状である。年代は元和7年と推定される。主膳
が12月12日に出した書状が22日に江戸にいる堀直寄に到着したとあり、その返
事と思われる。内容は、尾張中納言徳川義直の屋敷に火事が発生したが直寄の江戸藩
邸は無事であったこと、領内の普請について主膳が指図をした旨を了承したこと、当
年の耕作について奉行たちが念入に行う旨もっともであること、沼新金山の運上金が
あがるように山川長太夫・関新左衛門と相談して才覚をする旨もっともであること、
主膳の病気がよくなり大慶の至だが養生が肝要であること、が述べられている。堀直
寄の、藩政について家老主膳と連絡を密にして指図をする藩主としての顔や、主膳の
病を気遣う主人としての顔が垣間みられる史料である。
なお、本史料は折紙を開いた状態で画像化しているため文字が逆さまになっている
部分があるが、貴重資料データベースでは画像を回転することができる。